広告素材のバロメーター!デジ画の日々 2015年11月

携帯電話使用料を安く!政府主張

phone

前にもちょこっと携帯端末の料金について書いた事がありましたが、ここへ来ていよいよ政府がもの申す騒ぎになって参りました。私はかねてより今の携帯端末、つまりはアイフォーンを代表するパソコン型携帯電話の使用料金が高すぎるのではないかと思っています。

猫も酌しもそんな高額な使用料をいつの間にかに払わされている事に全く気づいていないというのか、それとも当たり前と思っているのか、はたまた見栄を張って無理をしているのかは人それぞれなのですが、そんな方々殆どは貴重な時間をスマホ画面にまるで生気を吸い取られているかのように無駄にしている訳で、際限なくゲームの虜となって興じるわ、SNSの相手の事が気になってはこれまた際限なく延々と文章を読み返信をし発信もし〜ので、1日の多くを携帯端末に費やしていると思われます。いやほぼ間違いありません。

インターネットの普及と科学技術の急速な進歩は確かにその人にとって貴重な情報をありとあらゆる場所から得る事を瞬時に可能にしました。もはや携帯端末は切っても切れない代物になったと言えます。ただ料金は高い。ビジネスに直結してそれ也のコストを消化出来る立場の人(企業)は良いとしても学生を含む個人が支払う金額としては結構無理があるのではないかと私は思います。

少なくとも目に見える形での利益は得られない訳で、毎日漠然と高額料金を支払わされているという印象なのです。ゲームや映画、それ以外にも重いデータをひたすら引っ張って暇つぶしに使っているとしたら、電話会社とその周辺に群がる関連企業を単に儲けさせているという事です。

企業はそれ以上に何もしてくれませんし、その利用者が今後どうなろうと知ったこっちゃ無いので時に害悪と叩かれて自制を促しても全く聞く耳は待ちません。「だったら裁判しろよ、合法だぜ。」と言わんばかりの態度が透けて見えます。世間は一体何のためにスマホが必要だったのでしょうか。そもそも電話というものは互いに連絡を取り合う装置だった筈ですが、僅か15年余りでそれが全くの別物と化しました。

「便利になったんだからいいじゃねえか。」「料金?特に困ってないし。」「スマホで電話なんてしないもんね。」と若い人からはあざ笑うようにこう言われそうですが、昭和生まれの中年オジさんが古いのか、それとも驚愕の洗脳商法なのか、自身納得は出来ません。

ここまで結構批判的に書いたところで話を変えましょう。実は私はスマホを持っていません(持ちません)。無論毎月の使用料金が高すぎるからです。端末代の分割と2〜10Gほどある通信用データ容量がセットになって月々8000円超も払わされるなんてまっぴら御免です。

だって殆どが家族と日に1〜3回程度通話するだけですから。普通に考えて月1000円は掛からないでしょう。それなのに8000円ってなに?!いやそれ以上に搾取されていると思いますよ、殆どの利用者は。それを平気で居られるのがむしろ不思議なくらいです。

そこまで払わされても情報の何たるかが大事なのか、私は間違いなく悪どい電話業界のトリックと洗脳だと思いますよ。また悪口になってしまいましたね。そんな中で今まさに、つまりは私のような超ライトユーザーにも優しい低料金体系の携帯電話が在って然るべきなんです。

掲載画像を拡大してご覧頂ければ分り易いと思いますが、ストレートタイプでコンパクト、折りたたみガラケーの半分以下の薄さ重さを確保しつつ800万画素程度のカメラ及び簡易画像修正機能、メール、3G並みのネット通信などそこそこの機能を内蔵してあれば十分重宝します。音さえ出れば精々ワンセグ試聴ですから画面なんて小ちゃくて構いません。

如何せん折り畳みは筐体が厚く重いのが難点であり、今時だとスマホ利用者の中で取り出すには若干気が引ける面は確かに有ります。しかしこのコンパクト携帯であれば堂々としていられる気がするんです。更に面白い個性的な色々なデザインや形があれば尚結構と言いたい。

問題は料金ですが、やはりここは基本料金は500円以下(無くても良い)に設定頂きかつての電話ボックス並みの市内なら3分10円程度、市街の場合は国内何処へ掛けても低い上限を設けるなど工夫して頂けると有り難い訳です。基本従量制で構わないのではないかと思います。

ここ数年の後に低所得(下流老人)世帯は確実に増えます。特に大企業は拝金主義だけに溺れずに、負担の極めて少ない通信インフラの整備と構築の根本的な基本概念を忘れないで欲しいものです。

Vol.010 気まぐれコラム更新!

昨日久々にブログを書きましたが、それとは別枠で、みなさんの中には既にご存知の方もおられるかと思いますが、自らのこれまで制作及び撮影してきたストックフォト作品のほぼ全てを公開しているプライベートサイト『DEGIGA・JP』があります。

その項目の一つの『コラムページ』に不定期ではありますが気が向くとそちらにも思いの丈をぶちまけております。数えて遂に二桁Vol・10に突入したわけですが、ここ最近は『過去と未来を結ぶもの』をテーマにこちらも佳境の第4弾に入りました。

このシリーズは単に私のこれまで生きてきた人生の中の思い出を語っているだけのですが、現在の自分が形成されていく過程では事の節々にその一端を再確認出来る部分もあり、思いの外読み応えはあると思います。

一般的な理想とする人生というと一つにはまず幼稚園(保育園ではない)から地元の小中学校、場合によっては名のある私立なんていうのもありますがとにかく高校は一流大学の進学に適したそれなりの名門になるのでしょう。己が目指すビジネス成功への期待を抱きつつそこで多くを学びいよいよ就職する訳ですが、勿論誰もが周知の一流企業であることは間違いありません。

医者や教育者、法学の道に進む人も合わせてそんな全ての人たちに言えることは『人生を豊かに過ごしたい』という目的があるという事です。まずは学力がものを言う時期があり社会に出ればその応用力や機転の良し悪しが次の自身の出世街道を左右していきます。

とにかく健康に留意しながら一歩また一歩と極楽という境地へ階段を上っていくのです。アップルコンピュータの創業者で最高経営責任者であったスティーブジョブズ氏は若くして癌に犯され残念ながら亡くなってしまいましたが、その彼が最後に残した言葉の一節にこんな一言があります。「手術室に入る時その病人は、読みかけの本がある事にふと気づく。『人生を健康で送る本』」

あまり頑張り過ぎれば己の身体の異変にも無頓着になりがちです。既に50の半ばを過ぎ、私自身いい教訓にしていきたいものです。さて、私の場合は上述の優雅なレールとは全く逆説的な人生を今日まで送ってきた訳ですが、とりあえず後悔はありませんしむしろ破天荒なめちゃくちゃ感が幾たびかの奇跡さえ生み出しており、それもまた楽し、とポジティブに今は捉えています。

皆さんそれぞれのこれまでの人生と重ねながらお読みいただければ幸いです。さらにその中に僅かでも未来に向けてのヒントがあれば嬉しいです。
※未読であればバックナンバーからお読み頂くとより理解し易いかと思います。

2015.11.15 up 気まぐれコラム vol.010『過去と未来を結ぶもの_エピソード4』


不運にも野蛮で無慈悲な武装組織の魔の手にかかり亡くなられたフランスパリでの多くの犠牲者に深い哀悼の意を捧げます。ご冥福をお祈り申し上げます。

IPAが写真展開催中!

いや〜、しばらくぶりでブログを書いています。

ここしばらくは以前制作(撮影)の作品編集に加え代理店への預け入れ作業等々が3タイトル分ほど続いていた事もあり、なかなか筆が走らない感じでした。書く内容が無かったと言えば正直嘘になりますが、実際に私ごときが一々取りあげるような素材が見つからなかった事に起因します。

しかしながら世の中は今こうしている間でも色々な事が起こっていて、今朝のニュースではあのフランスのパリ市街で未明に銃乱射が立て続けに発生し分かっているだけでも120人超の方が亡くなったそうです。間違いなくテロ集団(イスラム過激派系)の犯行と私は視ています。そうと思えば杭打ちデータ改ざん、VW社の排出ガス試験偽装事件、ロシアの旅客機の謎の墜落事故の訃報やかたやお目出度い?福山雅治をはじめとする有名芸能人同士の婚約ラッシュ。

まあまあ次から次へとあらゆる報道が世界中をピンキリで絶えず秒刻みで飛びかっているのがこの世界なんだなあとつくづくネットが織りなすグローバルの凄まじさを感じています。

話は変わりますが、今回は地元茨城県の情報をお送りいたします。先日11日より茨城県笠間市にあります陶芸美術館内において茨城の写真家集団である茨城写真家協会(IPA)に加盟する数名のグループによる写真家が恒例の写真展を15日(日)まで開催しています。

毎年それなりのテーマを決めてそれに沿った形での展示になるので、各人の構成がしっかり表現されたバリエーションに富んだ見応えある写真展になっています。私もかつてその会のメンバーの一人が経営する会社に勤めていた頃があり、出展作品のプリント作業や現場での展示作業を業務の一環としてよくお手伝いしていました。

今はその後の独立で関わり合いは一切なくなってしまいましたし、芸術作品に興味が薄れた事もあってか写真展全般に言える事ですがほとんど展示会場に足を運ぶ機会が合わせて無くなったように思います。当然今回のIPAの写真展でも言える事で、興味はそそられて入るものの観に行くまでにならないのが今の心境です。

それでも行けば行ったなりに関係各位とは久々に顔をあわせる機会になり、それが目的でも特段構わない訳ですが、やはり向こうにも都合というものがあるのである程度でスルーされかねません。私ごときに貴重な時間を費やす理由もないのでむしろお邪魔かも知れないと思うと、その点も含めて足が遠のくといった具合でしょうか。

とにかく写真は面白いと思いますので是非一度、お時間が許せるのであれば写真の勉強がてらお出かけになっては如何かと思い、今回ご報告させていただきました。

1511_IPA

画像クリックで茨城写真家協会の公式サイトにリンクしますので詳細をご確認ください。


しかし何でしょうね。私自身最近はもっぱら職人に徹しているといいますかこと芸術作品の制作や鑑賞については殆ど関心が向かなくなってしまっています。確かに一旦関われば作品の制作費用や長期にも及ぶ制作時間、所場代、パンフ制作費、関係者との関わりにそれ相当のエネルギーを注がざるを得ず、その間のストックフォト制作は中断を余儀なくされます。

それでも生活に不自由なくある程度の時間が過ごせる裕福な方々であればそれも一つの息抜きであり、次期インスピレーションの源とも成り得るのでしょうが、私などは毎日が切羽詰まった生活状況もさることながら、ある意味展示会そのものが滑稽に見えているのもまた事実です。

まず会場に入ると決まって変な重々しさが漂いますし、見張られている中で署名をし、おずおずと、いや足早に壁沿いに作品とやらを眺め回る。はっきり言ってよくわからないまま漠然と眺めつつ隣の作品へと視線をずらしてはさらにその先へ進んでいく行為を終えるとそこが出口という訳です。

会場担当者から「どうでしたか?」と聞かれ「素晴らしいですね。特にあの作品は感動しました。私もあのような写真が撮れればいいのですが、そこまでの腕はありません。」と返せば「いやいや大丈夫、撮れますよ。ハハハハ。」てなところです。

展示する側はいわゆる自己満足と他者への自慢であり、鑑賞者側はその方々への尊敬と気遣い。一度でもそんな風に捉えてしまうと何か疎ましく感じてしまう自分が居ます。フェイスブック上でもしかり、高価なレンズや撮影機材を見せつけ幸せそうな表情を浮かべる自らを登場させるなど、似たようなその人なりの心理が伺えます。

それを見る側(あくまで私の場合)はあまり気分のいいものではありません。「貧乏人は引っ込んでろ!」「偏見だし思い過ごしだよ。」「ただ羨ましいだけでしょう。」「こいつは変わりもんさ。」と断罪されても仕方ありませんが、ことごとく起こる犯罪や事故災害の不幸の裏側で、つくづくこの国は平和だという事だけは言えます。

ただ、私自身もかつては同様に芸術とやらを真面目にやっていた時期がありましたので、肯定派の気持ちは十分解っているつもりです。なのでもしも私が何かそういった形で作品を発表する機会が今後あった場合、その辺をどう自分の中で消化しえるか、他者から真に好感が得られそれが何らかの役に立つものか、納得のいく答えを見いだせたなら殊の外もっと自由になれるのでしょうね。

人生とは、死ぬまでの暇つぶしである。って、誰かに聞いたな。
プロフィール

デジ画職人のいっつぁん

Author:デジ画職人のいっつぁん
フリーの3DCGイラストレーター兼プロ写真家です。今のところ殆ど無名ですが、家族共々どうにか食っていけてます。仕事は主にストックフォトで2009年より動画素材も手掛けてまさに三足のワラジと言ったところです。

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